たごさく 四季のたより
山和食品株式会社が店舗展開する、 四季を味わう「たごさく」、おこわの里「たもかみ」、釜揚げいなり「釜旬」、おむすび専門店「しゃれむすび」などの 情報やこだわり食材を紹介するブログです。
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社会人として、人として。
 山和食品株式会社に勤めはじめて、もう満十年になりました。先日本社の方にお会いし、
勤続十年というと、この十年への思いはいろいろあるだろう、ぜひ思っていることをみな書いてみたらと勧められました。
 十年前にははたちでした。今考えるとずいぶん若かったと自分でも思うし、その過ぎ去った年月になんの思いもないわけはありません。「寿」退社ではありませんが、退職のことを真剣に考えたことも何度かありました。しかし、最近はもうすこしがんばってみようと思っています。
 わたくしがこの会社に就職したのは、新卒としてでした。短大ではなく、高校の新卒として20歳で入社するのは遅いのですが、高校時代にいろいろのことがあり、一時は学業を放棄して、しばらくして別の高校に編入しました。そのために卒業がほかのひとより遅れてしまいました。
 わたくしの入った年には、新卒の人が10名ぐらいあり、本社で4月1日に入社式がありました。わたくしが最年長というわけではなく、同世代の人が何人かいたのですが、学生生活だけですごして来た人に比べて、自分は若さが欠けているかなという思いもありました。そんなはつらつとし人たちと並んで座ると、自分は果たしてやっていけるだろうか、ずいぶん不安になりました。一番先に挫折するのは自分ではないかと思いました。しかし皮肉なことに、その席にいた人はもうみないなくなり、わたくしだけが残っています。
 ずいぶん頑張ったなとおもいますが、この頑張りの原因を考えると、わたくしは最初から長期間の計画を立てず、まず1年続けようと思い、その1年が過ぎたら、もう1年と考えてきました。その積み重ねが10年というわけです。
 この会社のわたくしに合っているところは、同世代の人が何人もかたまって仕事をするのでなく、世代的にずいぶん広がりがあることです。ときには母親、父親の世代の人と仕事をすることもありました。その人たちの豊富な人生経験が自分を力づけ、はげましてくれました。ほんとうに「人生いろいろ」としみじみ思う年月でした。いま一緒に働いているY店長。Yさんを母親と言うのは、若々しすぎて失礼なのですが、くじけようとするわたくしをずいぶん励ましてくれました。
 また、おこわづくりは腕力のない女性には無理だろうと、製造のメンバーには加わらず、いつも販売だけの店員でいた時期もありましたが、いまはおこわもつくれるようになりました。ドジなわたくしを丁寧に教えてくれたT店長は親切な、やさしいおにいさんです。
 これから先のことは漠然と考えています。「結婚」のことも漠然とですが考えています。
しかし、いまは結婚したら「寿」退社するのでなく、結婚して、子供ができたら、いったん休職して、また働く。わたくしよりあとに入った後輩で、他店舗でこうした職場復帰をした人も複数あり、大いに力づけられています。
 わたくしは家が浦和なので、都内勤務よりも浦和、大宮の店舗勤務の経験が長く、現在は熊谷に通っております。勤務した店はどこもなじみが深く、ときどき思い出します。
 わたくしはデパートや駅ビルの夕方の食品売り場の、あわただしいが、活気のある、あたたかみのある雰囲気が好きです。売りながら、この雰囲気を楽しんでいます。
 ああ、ここには日本の家庭のさまざまな形が寄り集まっている。こういう職場で一日でも長く働きたいと思っています。
山和食品株式会社「たごさく」 アズ熊谷店勤務 神田美枝子)
「たごさく」 アズ熊谷店勤務 神田美枝子

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