たごさく 四季のたより
山和食品株式会社が店舗展開する、 四季を味わう「たごさく」、おこわの里「たもかみ」、釜揚げいなり「釜旬」、おむすび専門店「しゃれむすび」などの 情報やこだわり食材を紹介するブログです。
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さくらの終わったあとで
今年の冬はあんなに寒かったのに、3月になると気温はぐんぐん上り、あっというまにが満開になってしまいました。
 たしか去年もいまごろが咲いたはずですが、日記を確かめると、3月27日の火曜日は隅田川のはまだ七分咲きで、満開のに出会ったのは31日の土曜日の上野公園でした。今年はそれより早いので、地球温暖化の影響はこんなところにも現れているのでしょう。
 さくらもお花見はいいのですが、散ったあとの花びらの始末はたいへんです。観光地では行政機関の人たちだけでなく、ボランティアが出動し、ライオンズクラブやロータリーの人たちも協力しています。
 ゴミの始末も含めて、お花見に行った人はこういう後始末の苦労のあることは意外と気がついていません。
 現在東京近辺で見られるさくらは80%がソメイヨシノです。オオシマザクラとエドヒガンを交配して、江戸の染井の植木屋さんがつくったもので、混血の生物の宿命で実がなりません。そこで、挿し木と接ぎ木で増やすほかないので、どの観光地でもさくらの苗木を育てるのに苦労しています。
 隅田川もいま両岸にびっしりとさくらが植わっていますが、歴史的に見ると、江戸幕府が最初に隅田川の岸にさくらを植えたのは、享保二年のことで、八代将軍吉宗の頃ですが、そのあと入れ替わりたちかわり、たくさんの篤志家がさくらを植え続けました。ことに第2次大戦のときは、燃料不足で桜並木の樹はみな切られてしまったそうです。(注1 隅田川のの歴史は永井荷風の随筆「向嶋」を参考にしました)
 それから、いまの桜並木を造るには、並たいていでない苦労があったはずです。
 日本には「桜守」といわれて、新しい桜を植えたり、滅びそうになったさくらを植え替えたり、生き返らせた人が大勢います。
 一番有名なのは、岐阜の御母衣(みほろ)ダムの建設によって、湖底に沈むはずだった古い桜を見事に生き返らせた荘川桜(しょうかわざくら)の笹部新太郎氏ですが、日本全国の有名な桜のかげにはこういうひとが必ずいます。(注2 笹部さんのことは水上勉氏が「桜守」という小説に書いています)
 たまには、さくらの花を見るだけでなく、後始末の苦労や、こういう影で苦労する人のことを考えてみたいものです。
 なぜこんなことを書いたかというと、食べ物もさくらと同じだからです。
 われわれは、ごく当たり前のような顔をして、むかしからある日本の食べ物を食べていますが、どんな食べ物でも、その味を守り、そして食品の安全性を保つために、大勢の人が努力していることを、意外と多くの人が知らないのです。
 「自然」はほおっておけば、いつまでも自然だと思うでしょうが、自然が自然らしさを保つためには、自然を犯すものから、必死にそれを守らなければならないのです。
 わたくしどもは、ささやかなテイクアウトの食品会社を経営していますが、その商品にいつまでも日本の美しい自然が宿るように、四季それぞれの味わいがそこに生きるように努力をしています。どうも手前味噌になりましたが、さくらが終わったあとでも、美しい桜を守り育てる人たちのことを考えるのも一興ではないでしょうか。
 桜はせいぜい一週間でその花の盛りは終わりますが、目に映じた桜をそうして思い描くことで、さくらは人の心の中でいつまでも生き延びるものだと思います。
2008.桜風景

代表取締役 馬塲祥宏

 
 
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