たごさく 四季のたより
山和食品株式会社が店舗展開する、 四季を味わう「たごさく」、おこわの里「たもかみ」、釜揚げいなり「釜旬」、おむすび専門店「しゃれむすび」などの 情報やこだわり食材を紹介するブログです。
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江戸の花見 狐のひとりごと4
 江戸時代の庶民の楽しみは芝居と花見でしょうねぇ。もっとも、もうひとつ男だけの楽しみというのもありましたが。
 花見は「花の雲 鐘は上野か 浅草か」と俳句が示すように、桜は上野の山か、浅草、さらに隅田川を隔てた向島も含めた一帯が中心のように思えますが、上野の山についで、一大観光地になったのは、向島ではなく、飛鳥山でした。
 向島に桜が植えられたのは享保3年(1718)ですが、植えられたのは白髭橋の北の一帯の数十本だけ。いまのように吾妻橋から桜橋の両岸が桜で埋め尽くされたのは、明治になってからです。
 それに対して、飛鳥山には一挙に数千株の苗木が植えられ、上野の山以上の観光地になりました。桜を植えることを命じたのは、八代将軍吉宗です。このあたりの景色が故郷の紀州に似ていたからという説がありますが、それよりも紀州熊野から勧請(かんじょう)した熊野権現(王子権現)があったせいでしょう。上野は寛永寺の境内で、酒を飲んでのドンチャン騒ぎは禁じられていました。ここなら多少は許されると思ったのでしょう。山のてっぺんから「かわらけ」(素焼きの土器)を下に投げるストレス解消の遊戯もはやりました。おそらく、ここで武士は上役の悪口を、職人は親方への愚痴を肴に一杯やったんでしょうねえ。
 王子といえば、今でも王子権現の近くに王子稲荷があります。稲荷といえばがつきものです。江戸末期の浮世絵師「東海道五十三次」を描いた歌川広重には「王子道のよめ入り」という浮世絵があり、今でも浮世絵美術館の太田記念美術館で見られます。
 満開の桜の下の山道を、嫁入り道具を駕籠に乗せたり担いだりした奥女中姿の七匹のがしずしずとすすむ絵です。背景にはいかにも「の嫁入り」らしく、にわか雨が降っています。王子にはがいると信じられていたんでしょう。
 落語にも「王子の」というのがあります。美しい女に化けた狐を料理屋に連れ込んだ男が、狐をさんざ酔わせてドロンをきめこみます。残された狐はまさか木の葉を小判に変えて置いてくるわけにも行かず、袋叩きにあいます。その話を聞いた人が男に、たたられたらおそろしいと、その料理屋の玉子焼を稲荷のそばの狐のほら穴の前に供えます。
 この料理屋はO屋といって今もあり、靴を脱いで階段をトントンとあがった突き当たりで、その玉子焼を売っています。おっと、ほかの店の宣伝をして申し訳ありませんでした。
 桜はいつ見るのがいちばんいいか。夜明けの朝日に照らされた桜がいちばんいいといいう人もいますが、わたくしは夜桜だとおもいますよ。美しい夜桜を見て、狐に化かされたようだといった人がいますが、わたくしもこの年になって、あと桜が何回見られるかとおもうと、狐に化かされたような体験をしてみたいですね。もちろん、狐が化けた、ゾクッとするほどの美しい女もいっしょに。
 今年の花見は狐の好物の玉子焼と「いなりずし」を懐に入れて行きましょうか。
桜

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